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金曜日の練習(再びO道場の生徒が来た)

数日前にO道場の先生から「S道場に生徒を連れていく」というメールが来たもののすぐに練習に向かうことができず遅れて到着した。
到着した際に練習では押打、扇打、掬打の連打(それぞれを最初は1回、次に2回、最後は3回)を行い、休憩を挟んでから練習試合を行った。最初に小太刀から行ったが経験や練習の質などでO道場が優位なのに対してS道場では年齢で優位だった(詳細は補足で述べる)。そのためお互いとも良い勝負をしていた。もっとも上からの攻撃に対してよく打たれていたのが印象的だった。

補足
  O道場の生徒は幼年なのに対してS道場の生徒は小学生。そのため経験や練習の質ではO道場が優位だがS道場は背の高さで優位。

  小太刀の練習試合を終えてから長剣の練習試合になったがこちらも良い勝負をしていた。とはいえ気がつくとS道場の生徒は2人だけになっていたためS道場の生徒はかなり大変だったが。こちらは上からの攻撃に対してうまく受け止めていたのが印象的だった。

 最後にS道場の先生と軽く練習をした後でO道場の生徒と先生は帰るとそこで練習は終わった。

J館交流大会 レポート

 金曜日(2017年10月20日)に大会のメールが来たのを受けて参加する事にした。
会場のS市の武道館では習っている拳法の交流会がかつて行われた場所だったので「久しぶりに来たな」と感じた。武道館の中に入って会場に到着するとH先生が既にいて試合場も設置し終えていた。さらにはO先生も来たがその際に靴を置く場所としてビニールシートを置いたのを受けて早速、靴を置いた。

補足
 基本的にはJ館同士の交流大会であって私はJ館以外の招待選手だがH先生の話としては「人数が足りない」とのことだった。もっとも大会が終わった後で「ケンダイさんがいる事でレベルアップになった」とおっしゃっていたが。

 昼の12時になってJ館の選手と親御さんがちらほらと来るとともに12時半になって準備体操を行い、その次にH先生が簡単な挨拶をするとすぐに小太刀の種目が始まった。
補足
今回の大会は小太刀基本動作は行わずにすべて打突の種目で構成。しかも各種目は基本的に3分間三本勝負で行われる(通常、行われる打突の種目は1分間一本勝負)。

 最初に小太刀の種目が始まるが一般の部の前に小学校低学年(幼年と小学校1年生と2年生で構成)の審判を行うが主審として審判を行った。ただ、幼年の選手ではスポチャンを始めてから日が浅い選手がいるため『収め刀』ができない選手がいたり、トーナメント表があるのにも関わらず負けた選手が試合を行ってしまうなど(詳細は補足で述べる)、精神的にかなり疲れる試合運びとなった。しかも検査役の存在を忘れていて選手が異議を挙げた(実際には選手が言いたそうな顔をしているのを見て「言いたいのなら手を挙げて」と促していたが)後で選手が述べたことを聞いた後で再判定を行う際に検査役の裁定を無視してしまったのは痛かった…。

補足
負けた選手が試合を行う原因としては、
1.負けた選手が試合場に留まった(かなり遅くなってから、勝った選手を集めるようにしたが)。
2.(1.の補足として)選手が『自分の番号を覚えていない』感があった。

小学校低学年の部が終わって一般(中学生と大人で構成)の部が始まるが参加人数が8人と人数の上では悪くなく(後述するK君がいなかったらベスト。なお当初は9人で行うはずが一人だけ足の甲が腫れていて動けない(ただし、座って見るのは可能だが立っていたり歩いたり走ったりするのは厳しい)ため8人で行った)、1回戦を突破するとベスト4に入るため気は楽だった、しかしK君がその中にいるのはかなり厄介(今年(2017年)の『伊勢崎大会 レポート』参照))な上に三本勝負では先に一本取られた際に救われたり逆に一本取っても対戦相手に一本取られてイーブンになったりと『三本勝負の怖さ』を思い知った。
1回戦は何とか勝ったものの2回戦は先に一本取られてから残り二本を取り返す、というのをしてしまい『辛勝だった』と述べた。そして決勝ではK君と当ってしまい、K君に勝つ事ができず準優勝になった。

小太刀の部が終わって審判をする際に検査役を行う(実際に検査役の資格があるのは私だけで、小太刀で検査役をした方は持っていなかった。もっとも副審をしている方に検査役をさせるのはできないだけでなく実際に行うと負担が大きい、と考えた上だが)のだがその際に私も選手同士が述べる意見を聞きながら行ったがあまりうまくいかなかった。
一般の部での長剣では小太刀と同様に長剣でもK君と当たったがこちらは長剣なのもあってうまくいって勝つと決勝で勝って優勝した。もっとも1回戦は小太刀の準決勝と同じく先に一本取られてから残り二本を取り返す、というのをしてしまい『辛勝だった』というのを強く感じた。

長剣が終わって盾小太刀の種目が始まる頃になって「『時間が足りない』と思っていたが、案外、早く終わって次の種目に移る事ができるものだな」と驚いた。もっとも小学校低学年の部では主審を行ったがこの時は勝った選手を集めて待機させるのを行ったため大きな混乱は生じづらくなっていた(ただ、やはり混乱は起こっていたが)。
 一般の部では1回戦こそKさん(K君と区別するため『Kさん』と表記(2017年10月27日 午後1時18分 追記))だったのでやりやすかったのだが準決勝でK君と当たってしまいって敗退してしまい、3位決定戦で何とか勝って3位に入賞した。

最後に得物自由を行った(その際に終わる時間が差し迫っていたため1分間、一本勝負になった)が二刀や盾長剣が多く、盾小太刀もそれなりにいた。幸いにもこちらは勝った選手を集めるなどをしてうまく試合運びをした。またここでも私は主審を行ったが選手の異議に対して検査役を通して行うなどもうまくできた。
一般の部では当初の予定通りに長巻を使うことにしたが対戦相手がK君だと分かって「勝てるか!」と叫びたかった(叫びたかった理由は今年(2017年)の『伊勢崎大会 レポート』参照)。とはいえ『勝てば先に進める』ということ何とか攻めたものの、一度、長巻の剣先が外れる(幸いにもねじ切りの部分が折れずに外れただけだった)だけでなく、最後は足を打たれた。
得物自由が終わると軽く整備体操を行ってから閉会式になったが賞状は「後で送る」になったもののH先生から私の事を軽く紹介してから終わった。

金曜日の練習

  休日で休んでいる中、J館から「今度の日曜日(10月22日)に大会がある」というメールを拝見した上で練習に臨んだ。
  いつものように練習に向かうと道場の先生とO先生が先にいたが後から会長がやって来た(ただし風邪を引いていて練習には参加しなかった)。会長がやって来たのを受けて短刀の初段の賞状を受け取るとともに領収書を見た際に代金が7000円なのを受けてお釣りを受け取った(詳細は補足で述べる)。

補足
  今年の北関東審判講習会に参加した際に短刀で初段の昇段をして(2017年度の『北関東審判講習会 レポート(北関東審判講習会 レポート(去年の念願を果たす))』の補足を参照)、賞状の代金が9000円と考えて先に代金を会長に預けていただいたが領収書では7000円だったのを受けてお釣りの2000円を受け取った。

 いつものように準備体操と突き蹴りを行ってからスポチャンの練習を行った。最初に小太刀から始めたが道場の先生と相手をしていただいた際に一本目は小手を打ったが二本目は道場の先生が打ったのが空振りしたのを見てすぐに胴を打った。
次にO先生に相手をしていただいた際には一本目は足を打ったのに対して二本目はO先生が打ったのを避けた際にとっさに手首を斜めに返して胴を打った。
最後に道場の先生とO先生で行った際に審判を行ったが道場の先生とO先生は互角のためすぐには終わらなかったが最後はO先生が勝った。小太刀の練習が終わった後で会長から「打つ時は足が動いている」とおっしゃっているとともに道場の先生とO先生が相打した際に「相打の際には足が動いていない上に手で打っている」とおっしゃっていた。
次に長剣の練習を行ったが道場の練習に相手をしていただいた際に一本目は小手を打たれ、二本目は突きが外れて面を打たれた。
その次は道場の先生とO先生で行った際に審判を行った。ここでもO先生が勝った。
最後にO先生と相手をしていただいた際には一本目は小手を打ったのを対して二本目は肩を打った。
  最後に整備体操として突き蹴りを行ってから練習は終わったが終わった後で大会の事を話した際にO先生も『メールが来ている』とおっしゃっているとともに会長は『K君の相手をしてあげると良い』とおっしゃっていたのを聞いて安心した。

火曜日の練習(『そんな装備で大丈夫か?』『大丈夫だ、問題ない』や『そんな装備で大丈夫か?』『一番いいのを頼む』が現実になるとは…)

仕事が終わるあたりになぜか『エルシャダイ』の名シーンが浮かぶとともに先輩が状況を見て『上がってもよい』と言われて上がったがその際に「先に上がって大丈夫だろうか?」と不安になった。

補足
『エルシャダイ』の名シーンについて述べると、ルシフェルがイーノックの無茶振りや助言を聞かない事に対して心配していて、そのシーンでルシフェルは心配のあまりイーノックに『そんな装備で大丈夫か?』とたずねたのに対してイーノックは自信たっぷりに『大丈夫だ、問題ない』と返して出発して堕天使と戦うも返り討ちに遭うが時間の逆再生が起こって(その際に『神は言っている。今は死ぬ時ではない。』と述べて逆再生が起こる)問題のシーンに戻った際にルシフェルは再びイーノックにたずねるとイーノックは『一番いいのを頼む』と述べてもう一度、出発する、というのが流れになる。

  不幸にも私にイーノックの失敗(実際には違うが)が降りかかり、乗っている自動車が急にオーバーヒート(テンプメーターが振り切れる寸前まで上がった)を起こしたりギアチェンジができない(サード以上や以下にチェンジできない(マニュアルでのチェンジができない))などを起こしたものの、何とか練習場所にたどり着いた(その際にエンジンが動かないだけでなく到着した際にすべての警告灯が点いた)上でげんなりしながら練習に向かった。その後、ある程度、冷えたので自動車のエンジンを動かした際に動けるのは分かった。
練習場所に到着した際にAさん親子の祖母に事情を話した上でいつも使っている修理の会社に頼んだもののそこはダメなため他の親御さんに話したもののそれでもダメなためやむなくJAFに事情を話した上で移動することになった。
なお子供の部の練習が終わるあたりにボンネットを開ける(開ける際にはかなり熱かった)とラジエーター液が漏れているとともにエンジン付近が熱くなっていた。 幸いにも私はJAFの会員証を持っていたためすぐに連絡をしてJAFを呼んだ上で自宅に戻った。ただ、今すぐに来る事はできないため道場の先生と小太刀の練習をした上で来るのを待つとJAFが来たので自動車を専用のトラックに載せていただいた上で自宅に戻った。もっとも道場の先生とはもっとしたかったが…。そればかりか自動車のディーラーに連絡をすべきだったのだが不幸にもディーラーは休み(ただし休みと分かったのは後で分かった事だが)な上にどうやってディーラーに持っていっって修理するかだが…。運良く仕事の量が少ないとはいえ翌日の仕事を休まなくてならないのはあんまりな上に自動車が使えないためこれから先はどうしたらいいのだろうか…。少なくとも明日の仕事を休まなくてならないのはとても痛いが…。\(^o^)/オワタ

北関東審判講習会 レポート(去年の念願を果たす)



  去年の横須賀市や東京都の審判講習会では安全講習で長槍や棒や長巻などの得物の使用許可が得られず(なお横須賀市の安全講習会で得られたのは短槍と杖(後日、『安全講習会 レポート』を見た際に間違っていたのに気が付いたので訂正します(2017年10月4日午後10時23分))と短刀(『安全講習会レポート』参照)で、東京都の講習会では何も得られなかった(『2回目の安全講習会レポート』参照)上に、同じく去年の東京都の高段者審査会では短刀の初段を取得できずにいたため今回の講習会で両方を取得すべく臨んだ。しかし安全講習のカードを紛失してしまったため『最初からやり直し』となってしまったのはとても痛かったが…。

  いつものように早目に自宅を出る(実際には待ちきれずに予定の時間よりも早く自宅を出たが)とT県のN市にある体育館に到着したものの体育館の隣にあるグラウンドでは少年野球をしており、その関係で駐車場が混雑していて何とか空いている駐車スペースを見つけて駐車した。

  講習会は今まで習った事の復習、として臨んだが始まって30分ほど会長の話を聞いていてその最中に地震が起こったがその直前に携帯電話のエリアメールの着信音が鳴ったのを聞いた際にT会長は「北朝鮮(のミサイル)か?」おっしゃった際には少しだけ笑った(なお地震とJアラートのエリアメールの着信音は覚えていたのですぐに地震のエリアメールだと分かったが)T会長の話が終わるといつものように基本動作を行って『基本動作の目慣らし』の位置づけで行った。その中でT会長は短槍で突く際に『そのまま突く』ではなく『上に押さえつけて突く(実際には『上に押さえつけながら突く)』を聞いた際にはすっかり忘れていたので『目から鱗』だった。とはいえ、銃剣道のうち木銃での突き(『銃剣道を体験する』参照)はそのやり方をしたのを思い出すとともに審判講習会をメモしたノートを持って来たのを見た際にそれが書いてあるのを見て『すっかり忘れていた』のを思い出した…。それ以外では両手で持つ得物での突き(上記の短槍だけでなく長槍や棒、さらには長剣両手でも)は『絞るようにして突く』というのをおっしゃっていたのも『目から鱗』だったが。
なお小太刀基本動作では『足の位置』などを見てから行ったがその途中で私が基本動作を行うとは思わなかった。とはいえ、その時に対戦した方を見て「実力は私が上だ」と分かったためやりやすかった(後で採点した際にT会長がつけた段位では対戦した方が二段、私が三段とおっしゃったのを聞いて『さすがは会長』と驚いた)。
しかし基本動作の点数は70点と『あと1問で合格だったのに…』と悔やんでも悔やみ切れない結果なのは痛かったもののその後の検証ではいくつかの対戦では『互角』がいくつかあったのは救われたが。もっとも他の方たちも点数が悪く合格点を取った方がT会長のご子息だけだったのを見てT会長は呆れていたが…。なお私がつけた段級は極端に外れていなかった。
その後で小太刀基本動作で上手にできた選手の6人でグラチャン戦を行った(その中に私も入っていたが)が1回戦はうまくできたものの準決勝では緊張のあまり動きが悪くなりそこで敗退した(会長も『力が入り過ぎている』とおっしゃっていた)。しかも決勝に進んだ選手がT会長からいただいた賞品のうち、手ぬぐいがあるのを見て「緊張しなければ」と悔やんだ。
またそれとは別に得物自由での基本動作を行ったがこちらは行った選手の優劣をつけるのが難しいのが多く、ここでも70点と痛かった。とはいえ逆にこちらは合格点を取っている方たちが多かったが…。

  午後は打突の審判の審査を行ったがそこで会長とO先生が『打突の審判の審査を行う』ということもあって審査で『少しでもやりやすくしたい』と考えて臨んだが棒や杖(杖はO先生のを借りて行った)は私の腕が未熟だったり、逆に私がうまく攻めてから打つのがうまくいったため会長やO先生の審判の審査はうまくいった。それに対して短槍ではそこそこうまくできた。
それ以外では実際に得物自由の審判を行ったが動きが見えていたため1回だけ判定を間違えたもののそれ以外はうまくできた。

  最後に昇段の審査を行ったがT県のA先生が短刀と盾小太刀(なお盾小太刀は不参加)の審査を行った(いずれも取得する段は七段)際には30人ほどの選手(実際には10数人の選手が何回か相手をしていただいた)が相手をするのを見て私は「剣道の『立ち切り』みたいだ」と述べたがA先生はかなり上手なため『立ち切り』のように長時間で行うまでには至らず短時間で済んだ(そのため実際には『百人組手』が近い、と言える(2017年10月15日 午後11時37分 追記))。
それに対して私は短刀の初段の審査を行ったがこちらは数人の選手で行ったが『攻め』こそうまくいったが突きはうまくいかなったものの何とか合格した。ただ短刀の審査の後で会長から『T会長のご子息たちから『もっと上の段を審査すると良かったのに』』と言われて後悔した。なおもっと上の段の審査をしたかったものの『お金の関係』でできなかったが…。

補足
『立ち切り』とは剣道などで行う『地稽古(スポチャンでは『掛かり稽古』と呼ばれている)』を多人数で行う形式の稽古。基本的に休憩をせずに行うためかなり過酷な稽古になる。それと七段を取得する際には30人以上の勝ち抜きが必須なため会場にいる方たちで行うことになったのだが…。(実際には地稽古が適切な表記だが(2018年3月25日午前9時12分追記))
また余談として、初段を取得した際に支払うお金が9000円(後日、支払ったお金が7000円だったので『払い過ぎた』と後悔するもお釣りの2000円を受け取った(2017年10月20日 午後11時14分 追記))かかるのだが、例えば二段では1万円かかるため初段で我慢した…。
また『百人組手』は文字通り、100人を相手にする組手。『立ち切り』と同じく休憩なしの過酷な稽古。(2017年10月15日 午後11時37分 追記)

  閉会式でT県の先生が質問した際に長巻の操作の件で質問したのを見ていた際にT会長は『(長巻は)回打をする』とおっしゃっていたが小太刀や長剣フリーでの回打をする訳にはいかないため小手では『振り下ろし』を行いつつ長巻を引きながら打つとともに足打では『体を後ろに引きながら打つ(特に足打はそれをしないと『叩きつける打ち方』になる上にジョイント部の破損や負傷の原因になる)をしていたのを見て「足を打つ際には(長巻や体を)引いて打つのはベター」だと理解した。
最後に安全講習のカードを見たり昇段の審査で用紙にT会長のサインを記入していただいたのを見て「ようやく去年からの念願を果たした」というのを強く感じるとともに昇段の用紙は会長に預けるとともに『安全講習のカードはもう二度と紛失しないようにしよう』と考えた上で「帰りにはコピーを取っておこう」と考え、帰宅の準備が終わったあとで帰りには近くのコンビニに寄って安全講習のカードのコピーを取ってから帰った。
プロフィール

ケンダイ

Author:ケンダイ
スポーツチャンバラをこよなく愛していますが練習でして来た事を振り返るべくブログを立ち上げました。このブログでは主にスポーツチャンバラの練習や大会の事について書きます。

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