FC2ブログ

前橋大会  レポート

  前橋大会の日には柔道か剣道の大会がある、というのを覚えていた上にM道場の先生から「柔道の大会があり、剣道も合宿がある」という話を聞いていたため朝の4時に起きて準備をした後で会場に向かった。途中で腹ごしらえをした関係で会場には6時半に到着したがその際にM道場の練習場所近くにある駐車場ではなく少し離れた所にある駐車場に停めて様子を見ていた(なお剣道の大会では練習場所近くにある駐車場は役員専用の駐車場になるため駐車ができないが柔道の大会では役員専用の駐車場にならない)がイベント用の駐車場に誘導する学生が予想していた時間になってもいなかった上に役員専用の駐車場の看板ないのに気がついたためいつものようにM道場の練習場所近くにある駐車場に停めたが今思うと「朝の7時半でも十分だった」と後悔した(しかもこの後、小太刀基本動作後で行われた打突の部でひどい結果になる原因にもなったが)。

  時間が来て会場が開くと試合場の設営をするとともに敷物を敷いたが他の道場に敷物を貸そうとしたが会場には壁をベンチがあってそれを使っている道場が多かったため貸す必要がなかった。他には上席の設営なども手伝うのをするとともに各試合場に椅子を置いたりするなどをした。
  開会式が終わって最初に小太刀基本動作を行ったが審判を行ったが同門の生徒がいる場合、判定が割れない限り判定をしない、という話だったので審判をする際には気兼ねなく行う事ができた。やがて一般の部が始まるとD君などの小太刀基本動作で強い選手がいないため気楽に行う事ができた。もっとも人数が6人だったのでシードがあったもののシードに入る事ができなかったのは残念だが。1回戦、準決勝と順当に勝ち上がって決勝でO道場の先生と行って勝って(1回戦、準決勝は大差で勝ったが決勝は僅差(分かりやすくいうと旗一つ分で)で勝った)優勝で終わったと思っていたら「グラチャン戦を行う」という話だったので驚いたが小太刀基本動作で優勝した選手を見てO道場のご子息がいたため「去年は対戦できなかったので今回は対戦するぞ」と意気込んで臨んだ。ここでも1回戦、準決勝と順当に進んで決勝でご子息と対戦したがここでも僅差で勝って優勝した。

  小太刀基本動作が終わると次に小太刀が行われたがここでも審判を行ったが副審を行ったため気楽にはできたが判定に悩むのが多かった。
やがて一般の部が始まるとそちらに加わったがその際に途中で抜けて入る事になったためやりづらかった。
1回戦はO君だったので気楽に行うはずだったがかなり強く、また調子が悪いためなかなか打てず気がつくと時間切れになってしまったが延長戦で打たれてしまい敗退した。

小太刀が終わると昼休みになったが体の調子が悪いためお弁当だけでなく途中で食べる予定のお握りまで食べてしまった。
昼休みが終わると長剣の部が始まったがここでも先に審判を行ったが副審だったものの判定に悩むのが多かった。しかし一般の部が始まるとそちらに加わったがここでも審判を抜けてから入る事になったためやりづらかった。
1回戦では対戦相手が飛び出て来た(しかも無防備で出て来た)のでとっさに打った。しかし準決勝ではO君だったのと何を思ったのが普段の練習でしか使いこなせていない下段の構えを取ってしまい失敗した(失敗した理由は補足で述べる)。さらにはその後に行われた三位決定戦でもうまく打つ事ができず敗退し敢闘賞で終わってしまった。

補足
 いつもは準決勝に進んだら上段の構えを取るがこの時は「いつも上段の構えを取っても面白くない」と考えて下段の構えを取った。

  長剣の次に盾小太刀を行ったがここでも審判を行う際に副審だったが判定に悩むのが多かった上にここでも一般の部が始まるとそちらに加わるため審判を抜けて入った。しかし1回戦は対戦相手がかなり強かった上にしっかり当たっているのにも関わらず抗議をしようとしてしまいあわてて取り下げた。

  盾小太刀が終わると小学生は団体戦を行ったが大人の部の団体戦は人数が少ないため得物自由を行う事になった。なお団体戦の審判を行う前に得物自由のエントリーが始まったため審判を断念して加わった。
私はいつも使っている長巻で出場したがO道場の先生が棒、A先生が二刀、一人だけ長剣で出た以外はみんな盾長剣だった。
1回戦の予選ではうまく打つ事ができなかったが最後はうまく突く事ができたが1回戦では突く事ができなかったものの足を打つ事ができた。
準決勝ではO道場の先生と当たったが棒は久しぶりに対戦したためうまくできず敗退した。さらに三位決定戦でもうまく打つ事ができず敗退して敢闘賞で終わってしまった。

  閉会式では疲れがピークに達していてヘロヘロに近い状態だった中で賞状を受け取った。さらには会長がボールペンを持っていて「優勝した選手にあげる」という事で参加するが会長とのじゃんけんで勝てなかったためボールペンをいただく事ができなかった。閉会式が終わると敷物を含めて荷物を全て持つが持ち運ぶのが大変だった。そのため荷物を積み終えると自宅に帰る際に仮眠を取ってから自宅に帰った。

古河市大会  レポート

  今回も十分は素振りなどを行わない中で参加した。もっとも当初は仕事があるのが会社の方で手を回したため休みになったのは助かったが。

   小太刀基本動作ではY先生やS先生などの強い選手が1回戦で敗退したのを見て「勝てる!」と思ったが対戦したものの1回戦で敗退した。なお今回も古河大会の伝統である『負けた選手は体育座りをしての見学(私としては『敗者は体育座りをしての晒し者』と言いたいが)』をする事になったが…。

  小太刀基本動作の次に部内種目が行われたがその際に小太刀を選んだ(実際には違うが。なお理由は補足⒈で述べる)が1回戦こそシードだった2回戦の対戦相手は強かったため2回戦で敗退した上に二刀も同じく1回戦はシードだったものの2回戦で敗退した。

補足
  部内種目は小太刀、長剣フリー、二刀のうち二つを選ぶ。なお当初は長剣フリーと二刀を選んだがO道場の先生が『エントリーが始まる』というのを受けて小太刀のエントリーをしてしまった。

    部内種目が終わって部外種目が始まるが最初に40歳以上の部が行われたがなぜか長巻だったので驚いた。ただ幸いにも準優勝となったが。しかし長巻が終わった後の盾小太刀や盾長剣(こちらに関しては補足⒉で述べる)のうち盾小太刀ではシードがなく1回戦で敗退、盾長剣ではシードこそあったものの2回戦で敗退した。

補足⒉
  部外種目のうち上記の40歳以上の部以外では盾小太刀か短刀、盾長剣か長槍のいずれかを選ぶ。

  閉会式前に賞状の授与があったがその際に『40歳以上の部』の賞状を受け取ったが受け取った際に「他の種目は予選で敗退した中で運良く取った」というのを強く感じるとともに「これで『40歳以上の部』も予選敗退したら泣くに泣けない」というのを感じた。
やがて閉会式が始まるとそれを見つつ自宅に帰る準備をしたが閉会式が終わる頃に準備が終わると荷物を持ちながら各道場の先生に挨拶をしつつ自宅に帰った。

世界選手権大会  レポート

  当日の朝は予定していた時間よりも遅く起きたため少し慌ただしい出発になった。しかも会場に向かう際にはかなり遠回りのルート(帰りになってこちらの方が楽な上に早いルートだと分かった)を取っていて失敗した。ただし会場に到着した際に開くまで30分ほどだったので悪くはないが。
やがて時間が来て会場が開くと会長に会った(その際にいる場所を確保して欲しい、と言われた)が後からO先生が来て「待機している場所は今いる場所の反対側にいる」と言われてそちらに向かったのは痛かった。向かった際にO先生とH先生、さらにはT道場の生徒たちがいた。

  開会式が始まるがそこに向かう準備が十分にできないため当初は行かないつもりだったがT先生がいる(ただし後で会ったが)ため急いで開会式に出る事にした。ただ会場を見た際に一杯になっているためやむなく短刀を持って行った。しかし開会式ではT会長の挨拶などに加えて会長のご子息のK先生の基本動作を行い、それから模範試合を行ったためいつもより遅く始まった(予定では10時ごろなのだが実際に始まったのは11時ごろ)のは痛かっただけでなくいつも行う小太刀基本動作のうち私が出た三段以上の部ではすぐに始まらず待たされた。もっとも対戦相手はかなり上手なため1回戦で敗退したのは唯一、不満がなかったが。

 小太刀基本動作の次に部内種目(詳細は補足で述べる)が行われるのだがここでも小太刀基本動作の国別対抗戦(こちらは小太刀基本動作の団体戦)やクラブ対抗戦などが行われたため待たされた。不満がなかったのはT先生と会ったのとR国の代表選手と練習ができたぐらいで二刀では1回戦で敗退した上に明らかに相打していたのにも関わらず抗議しなかったのは失敗だった。

補足
   部内種目は小太刀、長剣フリー(後で述べる長剣両手と区別するためこの表記とする)、二刀のいずれか一つを選ぶ。なお上記3つは同時進行のため2つ以上の参加はできない。

  部内種目が終わって次に部外種目(こちらも詳細は補足で述べる)が行われるのだがT道場の生徒たちで練習を行ったりR国の代表選手と練習を行う事ができたのは良かったが練習を行ったのが早過ぎたため体が冷えてしまった。そればかりかここでも国別対抗戦(こちらは打突の団体戦)や女子の部が行われただけでなく長槍の部を先に行うためかなり待たされた(隣の試合場では棒・杖の部や長巻の部が先に行われたり、離れた試合場では短刀や盾長小太刀や盾長剣や長剣両手などが先に行われていた)。そのため出る種目である盾短刀の選手と話した際に「『盾短刀友の会』を作ろう」という話をしていた(もちろん冗談だが)。待たされた上でようやく盾短刀・短槍の部が始まるも1回戦で敗退した。

補足
  部内種目と同じく部外種目も盾小太刀、盾長剣、長槍、短刀、棒、杖、長巻、盾短刀のいずれか一つを選ぶ。なおこれも基本的には同時進行のため2つ以上の参加はできない。それと盾短刀と短槍は出場する選手の人数が少ないため『盾短刀・短槍の部』、棒と杖も参加する人数が少ないため『棒・杖の部』で行われた。

  盾短刀・短槍の部が終わったあたりになって時計を見ると夕方の6時になっていて「いつもの大会ではもっと早く終わるのに」と呆れていたが終わったため急いで自宅に帰った。

玉村大会 レポート

  大田原市大会で予選敗退ながらも悪くない位置での予選敗退だったのを受けて今回の玉村大会ではどうなるかを気にしながら臨んだ。しかし大会の3日前に太ももの外側に重い打撲をしてしまったのは痛かった(当日も含めて湿布を貼った)。ただ大田原市大会では右の太ももなのに対して今回は左の太ももなので何とか動けるようにした(詳細は補足で述べる)。

補足
  本来ならどうしたのかを伏せたいがあえて述べると打撲をした左の太もも(以降、『大腿(だいたい)』の外側(専門用語では『がいそく(以降、読み方は『がいそく』とする)と大腿の中心から外側寄りにキネシオテープを貼ったが外側と中央の下端は下は膝の外側(専門用語で述べるなら膝関節(しつかんせつ)の外側)に来るようにして固定するが注意すべき事として膝の皿の骨(専門用語では膝蓋骨(しつがいこつ))にテープの端がかからないように固定。下端を固定するイメージとしては膝関節の下端にある脛骨(こちらも専門用語では『けいこつ』)の上端でその外側にかかるように固定する。ただ今回は下端の固定にキネシオテープを使ったが下端の固定はキネシオテープではなくホワイトテープ(テーピング用のテープはこれ)で固定するのが理想。
上端はどこにも寄らずにそのまま固定。なおこれもキネシオテープではなくホワイトテープで固定するのが理想。
本当になら患部に対して一本のキネシオテープで中央を切ってのスプリットで貼る(その際に患部を挟んで貼る)のが理想だが今回はそれでは十分とは言えないためテープを二本、使ったがキネシオテープの機能を生かすだけでなく湿布の固定も兼ねている。
最後に同じ事として失敗したり『うまくいかなかった』などの苦情等はお断りとするとともに苦情等を書き込んだ際には削除するとともにアクセスを禁止するのでご了承下さい。

  今回は朝早くに起きたものの会場に到着した際に仮眠を取った(いつもなら仮眠を十分に取る事ができないのが多い)ためそういった点では万全だった。ただ会場が開いた際にのぼり旗を立てて置いたり試合場の設営をしなかったのは痛かった。そればかりか敷物を多く持って来たのにも関わらず所属するO道場の選手や親御さんたちの控えの場所にすべく敷物を敷いた以外はあまり使う事がなかったのは失敗だった。なおストーブを持って来たのは役に立ったが。

  最初に小太刀基本動作を行ったがそこでは小学生以下と一般の上位二人グラチャン戦を行う(説明は補足で述べる)ため何とか勝とうとした。予選こそうまくできたが一般の部の準決勝でD君と当たってしまいグラチャン戦には進出できずに敗退した。

補足
  今回の小太刀基本動作は小学生の上位二人と一般の上位二人の四人でくじ引き(タスキを2本使い、それぞれの端を握って準決勝の対戦相手を決める)を行うため準々決勝を勝たないとグラチャン戦には進出できない。

  小太刀基本動作で予選敗退(準決勝敗退だがグラチャン戦に進出できなかった(しかも表彰されず)のであえてこの表記)したためかなり不安になった。そればかりか大腿の打撲を考慮して『後の先(ごのせん、もしくはあとのさき(詳細は補足で述べる))』で行こうと考えていたものの動きが悪いため遅れて出るので一層、不安になった。
その次に小太刀が行われるもくじ引きで私の山にD君が来たため不安だったがもう一度、くじ引きを行った際にはD君とは離れた上に1回戦で敗退したためかなり安心したが大腿の打撲で思っていた以上には動けないものの対戦相手の実力から気がつくと『先の先(せんのせん、もしくはさきのさき(こちらも詳細で述べる)』で打っていたのが多かった。ただ決勝ではK君と当たったため動きが悪くこちらから打つ前に打たれていた。

補足

『後の先』は相手が打って来たのを受けて打つ戦法、それに対して『先の先』は相手よりも先に打つ戦法(『先の先』はある意味『先手必勝』といえる)。
スポチャンでは『先の先』よりも『後の先』の方が良く取られる。


  小太刀で準優勝したのを受けて『なんとか行ける』と感じて長剣の種目に臨んだが1回戦こそ勝ったものの準々決勝ではK君と当たってしまい、しかも始まって20秒ほどで打たれてしまった。

  お昼休みが終わって次に盾小太刀の種目が始まるが1回戦でK君と当たってしまい何とか勝とうとして打たれてしまった。

  盾小太刀が終わると次に盾長剣の種目が始まるが1回戦ではY君と当たったが何とか勝った。準決勝でも勝ったが決勝でK君と当たったため勝つ事ができず準優勝となった。

  盾長剣が終わると最後に得物自由(長さは160センチ以上(使用可能な得物は補足で説明する))が行われたがM道場の大人の部の練習で最後に行う得物自由と同じく長巻を使う事にしたが1回戦では振り回す際にジョイント部から剣先がズレてしまうためあまり振り回さないようにしつつ突いた。その次の準々決勝では対戦相手の動きからここでも突いた。ただ決勝ではK君と当たったためここでも勝てずに準優勝で終わった。

補足
  使用可能な得物(カッコは長さ)は盾長剣(160センチ)、二刀(ただし長剣と小太刀(160センチ))、長槍(190センチ)、長巻(190センチ)、棒(200センチ)

  得物自由が終わった後で打突のグラチャン戦があったがそれには参加できず審判を行っただけで終わった。なお一般の部の団体戦は行われなかった。

  グラチャン戦が終わって閉会式になるがそこで時間(厳密に言うなら会場を借りた時間)が来てしまい表彰式は会議室で行われた。ただ移動の際に荷物を会場の近くにある廊下に出さないといけないのは痛かった。なお賞状を受け取った際に『大腿の打撲をしたとはいえ何とか入賞できた』というのを感じたがそれとともに『打撲がなければもっと違ったかもしれない』とも感じたが。
閉会式が終わって廊下にある荷物を何とか持って車に積むと自宅に帰った。

J館交流大会  レポート

  去年に続いて今年もJ館の交流大会が行われる、という話をO道場の先生から聞いて参加する事にした。
始まる時間が昼の12時ごろなのでそれに合わせて出かける予定だったが少し早目に出かけたものの、会場近くの高速道路にあるインターチェンジが渋滞していて到着が遅くなりそうになった。

会場に到着するとH先生にY先生とKさんが話をしていたので挨拶を済ませてから着替えた。着替え終わったあたりから選手が集まり始めたのでY先生は大人を対象に講習会を開いて最初に短刀の基本動作を行った(なお私以外は短刀を持っていないため小太刀で代用)が『下を防げ、突け』では『前かがみで短刀を前に出して避ける』や『突け』では体が上下に動かないようにすべく『1歩づつ分けて進まない』といった事を習った。また槍(私や一部の方以外は短槍で行ったので『槍』と表記)の基本動作でも最後の突きも同じように行う、のだがそれ以外では槍が左前に構える理由(詳細は補足で述べる)や短刀では半身に構える理由(こちらも補足で述べる)を聞いて納得した。

補足
  槍の構えが左前に構える理由としては差している刀の柄が当たるのを防ぐため、という事だった。余談として、長巻は刀が長くなった(刀身だけでなく柄も)もの、という事で右前に構える、という話をしていた。一方、短刀では半身に構える理由としては半身に構える事で当たる面積を減らす、のが理由、との事だった。
ただし短刀の基本動作では後で述べる『体の中心』を傾きは45度で良い、と付け加えた。
それ以外では小太刀を構える(後述の太刀や長剣両手と違い片手で持つ)際に体の中心(専門用語で言うなら正中線)が45度に向ける理由としては、太刀を両手で持って構える(なおそこでは長剣両手で行った)のと小刀(この場合は小太刀)での構えではお互いのリーチが同じになる、という事だった。
(2018年10月10日 午後8時23分 追記)

  やがて時間が来たため開会式を行うと最初に小太刀から始まったが最初は小学生から始まったため審判(その場で行った副審が初めて行うのと私自身、主審の資格を持っているため主審に就いた)に就いたが副審がうまく判定できないため私もうまくできなくなりやむなくY先生と交代して検査役に就く事になった。
やがて一般の部が始まったが対戦相手がY先生だっためうまくいかず1回戦で敗退した。
  その次に長剣が行われた最初に小学生から始めたもののH先生が主審に就いたため私は副審に就いたが副審の方が慣れているためやりやすかった。ここでも小学生の部が終わって一般の部が始まったが対戦相手はY先生ではなくKさんだったもののここでもうまくかずここでも1回戦で敗退した。
長剣の次に盾小太刀が始まったがこちらも副審に就いたためやりやすかった。ただ判定に悩むのが多かったが。一般の部では対戦相手がY先生だったため小太刀と同じく1回戦で敗退した。
盾小太刀の次に盾長剣が行われたがこちらも副審に就いたためやりやすかった。一般の部ではY先生やKさんとは別の山になったためかなり安心した上に1回戦では対戦相手が大会に慣れていないのは見て分かったためやりやすく楽勝だった。その次の2回戦は1回戦と当たった選手よりも強かったが何とか勝った。準決勝でも対戦相手は2回戦の選手よりも強かったがここでも何とか勝った。しかし決勝ではY先生と当たったが予選ではないため気は楽だったものにY先生に勝つ事が出来ず準優勝で終わった。
最後に小学生の選手限定で合戦を行ったがそこでは審判に就いたものの人数が多いためうまく判定出来なかった。
合戦が終わって閉会式が行われたが賞状は後で渡す、となった。
閉会式が終わると自宅に帰ったが帰る際にインターチェンジの渋滞は解消しており納得がいかなかった。
プロフィール

ケンダイ

Author:ケンダイ
スポーツチャンバラをこよなく愛していますが練習でして来た事を振り返るべくブログを立ち上げました。このブログでは主にスポーツチャンバラの練習や大会の事について書きます。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる