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古河大会  レポート

  朝起きた際に予定した時間よりも早く起きたのだが時間が来るまでテレビを見るなどして時間を潰したがやがて時間が来たため出発するも少しだけ手間取り、予定より10分遅れて出発した。
出発した時間が少しだけ遅いため会場近くで朝食を取ろうと考えたが道中が長いためやむなく途中で朝食を取るが時間の関係であまり多く取る事ができなかった。その後も長い道のりを経て会場に到着したものの仮眠を取らなかったのは後で失敗の一つになるが。
補足
  なお3週間前に会場の下見をした際にあまりにも遠いため到着した際に「2回ほど休憩が必要だ」感じた。

  会場が開くと中に入るがあまりにも寒く「O道場の練習で使っているストーブを持って来れば良かった」と後悔したが大会ではいつも持って来ている敷物を持って来るとともにその下はアルミの断熱シートを敷いておいたのは良かった。またこの寒さはいくつかの種目で1回戦敗退の原因となったが2017年の大会では暖房があったものの今年は「大会を開く時間で暖房をつけると4万円かかる」という事で「今回は暖房はつけられない」とのことだった。

  最初に小太刀基本動作を行ったがいつものように臨むも1回戦で敗退したため今回も『負けた選手は体育座りをしての見学(いつも通りだが私は『敗者は体育座りをしての晒し者』と言いたい)を行ったがある選手と審判が同じ県なので抜けたのを受けて審判を行ったのは助かったがその後でグラチャン戦を行った際にそのまま審判を行ったのは失敗だった(詳細は補足⒈で述べる)

補足⒈
  グラチャン戦で二つの試合場で審判をしていた審判で行うが勝ち残った選手にG県の選手がいたため交代したかった。しかし今更、交代できないためそのまま行った。

  小太刀基本動作が終わって小太刀(本来は3種目あるうちの2種目まで選ぶ。詳細は補足⒉で述べる)から始まるが対戦前に番号こそ覚えていてもどちらかに就くのか分からなくなっていて番号で呼ばれた際に慌てて就いた。しかも対戦が始まると対戦相手の動きなどを見てそんなに強くないと感じたが私自身の動きが寒さの影響でかなり悪く(動きは滑らかではなくカクカクしていて伸びがいつもより短かった)こちらから打つ前に打たれた。

補足⒉
  上記の通り、いつもは小太刀、長剣フリー(後述する長剣両手と区別するためこちらで表記)、二刀のうち2種目を選ぶのだが開会式で主催者が「3種目行う」と述べたため初段以上(こちらも初段と二段以上で分けるも初段の選手が少ないためいっしょに行った)で3種目、行った。
  
  人数の関係で小太刀が終わる(余談として一般の部のうち有級の部は二刀まで進んでいた)お昼休みとなったがお昼休みを挟んで午後の部では長剣フリーを行ったがここでも寒さから動きが悪くここでもこちらから打とうとして打たれた。

  長剣フリーであまりにも調子が悪いのに気がつく(その原因に睡眠不足と寒さがあるのに気がついた)が二刀でも寒さから動きが悪くここでもこちらから打とうとして打たれたがその直後に胴を打ったので相打なので異議を挙げるも対戦相手の方を有効にした(詳細は補足⒊で述べる)。

補足⒊
  最初に対戦相手に打たれたのでとっさに打ったので明らかに対戦相手の方が先なのだがこの時は何を思ったのか相打だと思って挙手をした。その後の再判定では主審と副審は対戦相手、もう一人の副審は無効。そのため対戦相手の方を有効にした。

  その次に団体戦を行ったが幸いにも空いているチームの中に入ったもののここでも動きが悪いため打とうとして打たれた上に私の負けが原因で1回戦敗退となった。

  団体戦が終わった後で「全種目、予選敗退になる」考えていたもののその次に行う40歳以上の部(種目は長槍(なおルールは補足⒋で述べる)で何とか入賞しようと臨んだ。しかしY先生がエントリーをしたのを見て「勝てそうにない」と感じたがそれとともに「Y先生が『40歳以上の部』にエントリーをするとは時の流れは残酷だ」と感じた。
1回戦の対戦相手がK先生なのを見て「勝てないな」感じたが審判が「はじめ」と言ってから奇襲同然に飛び込んで突いたのがうまくいった(当のK先生は突かれたのを認めた)。ただ、準決勝や3位決定戦ではうまくいかなかったが3位に入賞した。

補足⒋
  ここでは現行の規定ではなくかつての規定で行った。なおここでは繰り剣や投げ剣や足払いは有効。
なお繰り剣は柄をしごいての突き(いわゆる繰り込み突き)なのに対して投げ剣は柄頭を持っていない方の手を離して突き(こちらは投げ込み突き)を指す。また足払いは槍の剣先で足を打ち抜く打ち方を指す。しかし上記の繰り剣は後述する長槍の部においては規定する線がありそれを越えると反則負けになる。なお投げ剣は完全に反則負けになる。

  40歳以上の部で気が楽になった上に体が少しだけ暖まった事もあって長剣両手の部と盾小太刀の部では長剣両手を選んだ。とはいえ40歳以上の部で気持ちが持ち上がった事でこちらからガンガン攻めて打つのをしたが1回戦ではうまくいったものの準決勝と3位決定戦ではうまくいかずに敢闘賞になった。

  長剣両手でも気持ちの持ち上がりは続いていて長槍の部と盾長剣の部のいずれかを選ぶ際にいつもならY先生やS先生やK先生がいる長槍を避けて盾長剣にするのが長槍の部を選んだ(なおこちらは現行の規定で行った。詳細は補足⒌で述べる)。ただ人数が6人しかいないためリーグ戦で行ったがここでもK先生には勝ったもののS先生やY先生、さらにはもう一人の選手には勝てなかったが幸いにも最後の選手には勝ってここでも敢闘賞になった。ただ、終わった際に規定の線を越えての繰り剣をしていたり足払いがうまくできなかった(足払いに関しても補足⒌で述べる)り、小手打ちがあるのに気がついた。

補足⒌
  40歳以上の部と違って繰り剣に関しては柄には線となるテープを巻いていてそこを越えると反則負けになる。また投げ剣は自動的に反則負けになるのも合わせて述べておく。
一方の足払いは剣先が細いためうまく払う事ができない(払った際に剣先が軽いため有効にならない)。
余談として突きを避ける際に軽いため払った際に剣先がジョンイント部から外れたりズレたりしていた。

  最後に短刀の部が行われるがそのころになると疲れがピークに達していて無理に出ずに休むべきだったがあえて出た。しかも1回戦はK先生だったので40歳以上の部や長槍の部で勝った事もあって「勝てる」と思って勢いで攻めつつ飛び込んで突こうとしたが逆に突かれた。

  すべての種目が終わって閉会式になったが表彰式で呼ばれた際に「全種目、予選敗退は避けられた」と安心したが40歳以上の部では3位に入賞したので賞品はチョコレートを選んだのに対して長剣両手や長槍の部ではうまい棒が多いためそちらになったのは泣けた。

  閉会式が終わっものの他の団体が借りている関係で急いで会場の外にあるロビーに出るとO道場の選手と親御さんで集まって食事をする、という話になって解散するが私は食事には出ずにに帰る事にしたものの、ひどい疲れのためやむなくコンビニに寄って仮眠を取るとともに夕食を取る際に寄ってファミレスでO道場の選手たちに出会った際には「いっしょに行けば良かった」と後悔した。
夕食を取った後も疲れが取れず再びコンビニで仮眠を取ると自宅に帰った。

大泉太田大会  レポート

  大会当日に何らかのイベントがあるか分からない中、予定し時刻よりも早く起きてしまったので予定の時刻までテレビを見て過ごしてから出発した。
会場に到着してから仮眠を取ろうとしたものの会長やO先生が到着したため仮眠を取る事ができなかったのは痛かった…。

   S先生が到着すると早速、会場の設営が始まったがその中でのぼり旗を入り口近くの柱に着ける際に剣道着を着けていたり防具袋を担いていて片方の肩に竹刀入れを担いていたり、さらには竹刀入れに木刀(実際に差しているのは大刀であって小刀ではない。詳細は後述する補足1で述べる)のを見て剣道の昇級昇段審査会があったのが分かった際には『早く到着して良かった』と強く感じた(剣道の昇級昇段審査会がある以上、駐車場が一杯になるのは目に見えていたため)。

補足1
  剣道の昇級昇段審査で木刀を使う理由として審査で木刀を使用しての基本稽古法(名称は『木刀による基本技稽古法』)、もしくは日本剣道形で使用するため。なお、のぼり旗を着ける時に近くにいる会長に竹刀入れに木刀を差している理由を話した際に上記の「『木刀による基本技稽古法』(そこでは『木刀を使っての基本技稽古法』と述べただけでなく「かつては『木刀による基本動作』呼ばれていた」や「(スポチャンの)小太刀基本動作と紛らわしいので『木刀による基本稽古法』に変更したと付け加えたり、「行い方(話した際には『やり方』)としては小太刀基本動作と同じ」と述べた)や「『初段では『日本剣道形』で使用する』」事を説明した。ちなみに日本剣道形では大刀の部と小刀の部に分かれていて、ほとんど(少なくとも初段や二段あたりでは)が大刀の部のみ行うが段位が上がると小刀の部も行われるので合わせて述べておく。

  会場の設営が終わって少ししてから打ち合わせとして今回の大会の運営やルールの説明について聞くとともに合戦で使う得物の一覧表と計算機を見せたが合戦は試合場を一つしか使わないため失敗した(一覧表を2枚、持って来たため)。なお計算機は合戦で使う際に役に立ったが。なお午後にチャレンジスポーツがある、という話があったので合戦を先に行い、それが終わった後でチャレンジスポーツで必要な審判を向かわせる、という話や短槍については一度、選手を集めてルール説明を行う、という話をして終わった。

開会式が終わって最初に小太刀基本動作を行うが今回は小学生以下と一般で分けるため最初に審判を行うと一般の部が始まったが正直な所、予選敗退が頭にあったため「県内の大会だったら…」と困り果てていた(詳細は補足2で述べる)。しかも県内の選手はTさんと大会実行委員長のS先生(なおこの種目だけ参加)だけだったためさらに困った。
  小太刀基本動作の種目が始まるが1回戦は僅差(分かりやすくいうと旗一つ)で勝ったので驚いた。なお対戦相手が「お願いします」と言ったので普段は言わない「お願いします」と言ってみてうまくいった。もっともここではつい言ってしまい動揺したが。
人数が少ないため1回戦を突破すると次に準決勝となったが勝ち目がないのは見て分かったがなぜかここでも僅差で勝った。ここでも「お願いします」と言った(対戦相手も言っていたが)がこちらは動揺しなかった。
決勝では敗退しても準優勝なので気持ちが落ち着いてきた事もありゆったりとした気持ちで行うとここでも僅差で勝って優勝した。ここでは対戦相手が「お願いします」と言わなかったので驚いたが動揺しなかった。

(小太刀基本動作で『お願いします』と述べたのを思い出したので記事を差し替え 2019年11月21日 午後1時49分)

補足2
  なお私自身は大泉太田大会は県内の大会、という認識のため困り果てていた。しかも行う時期が悪く県内の選手が集まらない(大泉太田大会の2週間前に世界選手権大会があったため県内の選手があまり参加しなかった)ためやむなく県外の選手(参加したのはS県とT県とI県)を招待選手として招待したのが原因。

  小太刀基本動作が終わって小太刀の種目が始まるがここでも最初に小学生高学年の審判を行ったがその次に一般の部では小太刀基本動作ようにはいかないのは目に見えていた。もっとも受付で参加料を支払った際にパンフレットと領収書とともに番号の書いてあるシールとエントリーカードが渡されたがエントリーカードをを使う理由が分かった(補足3で述べる)。
ただ参加する選手が9人だったので人数の関係で1回戦の予選(逆シード)が行われるとともに運悪く予選に入った上に対戦相手はTさんだった(TさんはM道場での練習で散々、打たれていてやり辛いため)…。とはいえ、Tさんに勝ってさらに勝つとベスト4なのでなんとか勝とうと挑んだが運良く勝った。1回戦に進出するがその次は県外の選手との対戦だったので心配だったがそこでも何とか勝つが準決勝ではI県のK先生と当たり敗退した。その次の3位決定戦でも県外の選手と当たったがここも敗退して敢闘賞で終わった。

補足3
  エントリーカード(以降、カードと表記)について簡単に述べると種目が始まる前にカード試合場にいる係りに渡すと係りはカードをシャッフルしてトーナメント表に並べ(並べる際には裏向き)、並べ終えると表(おもて)にして対戦相手を決めるとともに勝者は次のトーナメントに進出する際にカードを次のトーナメントに上げる。
番号の書いてあるシールは面に貼っておく事で対戦する際の番号として呼ぶ際に使うのが目的。

  小太刀が終わって次に長剣を行ったがここでも最初に審判(こちらは小学校低学年)を行い、その次に一般の部が行われたが1回戦の予選はないもののここでもTさんと当たったのは痛かった…。ここでも何とかTさんに勝って準決勝でも勝って決勝に進んだが対戦相手はKさんだったのでここでもやり辛いのを強く感じた。

  長剣が終わると午前の部の最後を締めくくるべく小太刀基本動作のグラチャン戦が行われた(詳細は補足4で述べる)がグラチャン戦はないものと考えていたのでかなり慌ててしまったものの始まると気持ちが落ち着いて来たが対戦相手の方が上のためグラチャンでの優勝を逃した。

補足4
  グラチャン戦は小学生以下の部での優勝した選手と一般の部で優勝し選手で行われる(すなわち二人で行う)。

  小太刀基本動作のグラチャン戦が終わると次に小太刀と長剣の決勝戦を行ったが先に小太刀の決勝が行われたが小学校低学年や高学年、一般の部、といずれも熱戦だった。次に長剣の決勝戦が行われるとこちらも熱戦だったのに対して一般の部の決勝戦が行われたものの先に一本、取られたので取り返そうとして勝負に焦りさらにもう一本取られたのは失敗した…。

  午後になってパンフレットの予定である短槍を行わずに合戦を先に行った(理由は補足5で述べる)が出場するチームの持っている得物の長さの合計を一覧表を見たり計算機で計算して確認した(こちらも補足5で述べる)。合戦が始まると熱戦になったものの審判はうまくできなかった。

補足5
  上記の通り、当初は短槍を先に行う予定だったが朝の打ち合わせでチャレンジスポーツを行う際に審判が足りなくなる、という話をしている一方で合戦では審判が多く必要になるとの事だった。なお合戦では選手一人につき一人は必要でそうしないと全員を見るのは困難、しいては「先に当たったのに『当たっていない』」と言う選手や先に当たった後で後打する選手が出るのを防いだり、先に当たった選手や相打をした選手を場外に出す必要があるため。
  また合戦では使う得物の長さの合計が320センチのためそれを越えると出場できなくなるか320センチに収める必要があるため1チームごとに得物の長さを計算機で計算した。なお320センチに収めるため1チームの人数がまちまちになる。具体例として、長剣では3人(300センチ(長剣1人は100センチ))なのに対して長剣2人(200センチ)と小太刀2人(120センチ(小太刀1人は60センチ))では4人(合計すると320センチ)になる。
余談として、1チームだけ360センチになっていたがすぐに320センチに収めた。なお得物は長剣2人(200センチ)と小太刀1人(60センチ)と盾小太刀(100センチ(小太刀:60センチ、盾:40センチ))で合計は360センチになるが盾小太刀の選手が勘違いして盾を持っていたため盾を使わない事で小太刀になり320センチに収まった。

  合戦が終わって短槍が始まるが始めるのに当たって短槍のルール等を説明するため選手を集めると短槍の持ち方や突きの範囲や斬り(斬撃、というと理解しやすいがここでは『斬り』と表記)の範囲を説明したが行うのに当たって実際に行う方が分かりやすいのに気がついて集まる際に面と短槍を持って来ると行った(詳細は補足6で述べる)。説明が終わると早速、小学生低学年の部が行われたが審判が私とS先生だけで行ったがうまくできず、やがてS県の選手が審判に加わった事でうまくできた。
一般の部ではTさんとの直接対決は避けられたものの1回戦の対戦相手は強かったが運良く突きが当たった(もっとも弱く当たったが)ので驚いた。しかし準決勝では対戦相手が強く敗退するも3位決定戦では何とか勝った。

補足6
  短槍の持ち方を説明する際に曲がる所(短槍の代用として使う長剣の半分の所、そこから後ろは芯がある)から握り拳一つ分、芯がある所の上端部分で持つ。
  突きに関しては面(具体的には顔と首)と胴(こちらは胸と腹だが下腹部の突きは無効)は有効だが腕の突きは無効。実際に突いたが寸止め留めて突きを当てていない。
  一方の斬りは腕と脚と胴だけ有効で面に関しては接近戦になるため危険なので無効、とのことだったが一般の部では面の斬りも有効だった…。なお斬りに関しては実際に行うとともに打ちとの違いの説明(斬りは打った際に振り抜くのに対して打ちは振り抜かずに叩くだけ)を行った際に打って『斬り(すなわち『振り抜く』)』と『打ち(振り抜かずに叩く)』の違い見せた。

  短槍が終わると小太刀二刀が行われたがこの頃になると疲れがピークに達していて動きが悪かったばかりか脚が痛いため動きたくはなかった。そんな中、一般の部が始まるが動きが悪いのがあだになり1回戦で敗退した。

  全部の種目が終わって閉会式になると賞状の授与のため急いで上席に座るが立っていた方が良かった。賞状の授与が終わって会長や大会実行委員長の挨拶、そして閉会宣言を述べると終わりになったがその後でO支部で集まっての記念撮影や会場の掃除などを行うと自宅に帰るが帰る前にメモを取ってから帰るも疲れがひどいため会場からあまり離れていないスーパーで仮眠を取ってからようやく自宅に帰った。

前橋大会  レポート

  前橋大会の日には柔道か剣道の大会がある、というのを覚えていた上にM道場の先生から「柔道の大会があり、剣道も合宿がある」という話を聞いていたため朝の4時に起きて準備をした後で会場に向かった。途中で腹ごしらえをした関係で会場には6時半に到着したがその際にM道場の練習場所近くにある駐車場ではなく少し離れた所にある駐車場に停めて様子を見ていた(なお剣道の大会では練習場所近くにある駐車場は役員専用の駐車場になるため駐車ができないが柔道の大会では役員専用の駐車場にならない)がイベント用の駐車場に誘導する学生が予想していた時間になってもいなかった上に役員専用の駐車場の看板ないのに気がついたためいつものようにM道場の練習場所近くにある駐車場に停めたが今思うと「朝の7時半でも十分だった」と後悔した(しかもこの後、小太刀基本動作後で行われた打突の部でひどい結果になる原因にもなったが)。

  時間が来て会場が開くと試合場の設営をするとともに敷物を敷いたが他の道場に敷物を貸そうとしたが会場には壁をベンチがあってそれを使っている道場が多かったため貸す必要がなかった。他には上席の設営なども手伝うのをするとともに各試合場に椅子を置いたりするなどをした。
  開会式が終わって最初に小太刀基本動作を行ったが審判を行ったが同門の生徒がいる場合、判定が割れない限り判定をしない、という話だったので審判をする際には気兼ねなく行う事ができた。やがて一般の部が始まるとD君などの小太刀基本動作で強い選手がいないため気楽に行う事ができた。もっとも人数が6人だったのでシードがあったもののシードに入る事ができなかったのは残念だが。1回戦、準決勝と順当に勝ち上がって決勝でO道場の先生と行って勝って(1回戦、準決勝は大差で勝ったが決勝は僅差(分かりやすくいうと旗一つ分で)で勝った)優勝で終わったと思っていたら「グラチャン戦を行う」という話だったので驚いたが小太刀基本動作で優勝した選手を見てO道場のご子息がいたため「去年は対戦できなかったので今回は対戦するぞ」と意気込んで臨んだ。ここでも1回戦、準決勝と順当に進んで決勝でご子息と対戦したがここでも僅差で勝って優勝した。

  小太刀基本動作が終わると次に小太刀が行われたがここでも審判を行ったが副審を行ったため気楽にはできたが判定に悩むのが多かった。
やがて一般の部が始まるとそちらに加わったがその際に途中で抜けて入る事になったためやりづらかった。
1回戦はO君だったので気楽に行うはずだったがかなり強く、また調子が悪いためなかなか打てず気がつくと時間切れになってしまったが延長戦で打たれてしまい敗退した。

小太刀が終わると昼休みになったが体の調子が悪いためお弁当だけでなく途中で食べる予定のお握りまで食べてしまった。
昼休みが終わると長剣の部が始まったがここでも先に審判を行ったが副審だったものの判定に悩むのが多かった。しかし一般の部が始まるとそちらに加わったがここでも審判を抜けてから入る事になったためやりづらかった。
1回戦では対戦相手が飛び出て来た(しかも無防備で出て来た)のでとっさに打った。しかし準決勝ではO君だったのと何を思ったのが普段の練習でしか使いこなせていない下段の構えを取ってしまい失敗した(失敗した理由は補足で述べる)。さらにはその後に行われた三位決定戦でもうまく打つ事ができず敗退し敢闘賞で終わってしまった。

補足
 いつもは準決勝に進んだら上段の構えを取るがこの時は「いつも上段の構えを取っても面白くない」と考えて下段の構えを取った。

  長剣の次に盾小太刀を行ったがここでも審判を行う際に副審だったが判定に悩むのが多かった上にここでも一般の部が始まるとそちらに加わるため審判を抜けて入った。しかし1回戦は対戦相手がかなり強かった上にしっかり当たっているのにも関わらず抗議をしようとしてしまいあわてて取り下げた。

  盾小太刀が終わると小学生は団体戦を行ったが大人の部の団体戦は人数が少ないため得物自由を行う事になった。なお団体戦の審判を行う前に得物自由のエントリーが始まったため審判を断念して加わった。
私はいつも使っている長巻で出場したがO道場の先生が棒、A先生が二刀、一人だけ長剣で出た以外はみんな盾長剣だった。
1回戦の予選ではうまく打つ事ができなかったが最後はうまく突く事ができたが1回戦では突く事ができなかったものの足を打つ事ができた。
準決勝ではO道場の先生と当たったが棒は久しぶりに対戦したためうまくできず敗退した。さらに三位決定戦でもうまく打つ事ができず敗退して敢闘賞で終わってしまった。

  閉会式では疲れがピークに達していてヘロヘロに近い状態だった中で賞状を受け取った。さらには会長がボールペンを持っていて「優勝した選手にあげる」という事で参加するが会長とのじゃんけんで勝てなかったためボールペンをいただく事ができなかった。閉会式が終わると敷物を含めて荷物を全て持つが持ち運ぶのが大変だった。そのため荷物を積み終えると自宅に帰る際に仮眠を取ってから自宅に帰った。

古河市大会  レポート

  今回も十分は素振りなどを行わない中で参加した。もっとも当初は仕事があるのが会社の方で手を回したため休みになったのは助かったが。

   小太刀基本動作ではY先生やS先生などの強い選手が1回戦で敗退したのを見て「勝てる!」と思ったが対戦したものの1回戦で敗退した。なお今回も古河大会の伝統である『負けた選手は体育座りをしての見学(私としては『敗者は体育座りをしての晒し者』と言いたいが)』をする事になったが…。

  小太刀基本動作の次に部内種目が行われたがその際に小太刀を選んだ(実際には違うが。なお理由は補足⒈で述べる)が1回戦こそシードだった2回戦の対戦相手は強かったため2回戦で敗退した上に二刀も同じく1回戦はシードだったものの2回戦で敗退した。

補足
  部内種目は小太刀、長剣フリー、二刀のうち二つを選ぶ。なお当初は長剣フリーと二刀を選んだがO道場の先生が『エントリーが始まる』というのを受けて小太刀のエントリーをしてしまった。

    部内種目が終わって部外種目が始まるが最初に40歳以上の部が行われたがなぜか長巻だったので驚いた。ただ幸いにも準優勝となったが。しかし長巻が終わった後の盾小太刀や盾長剣(こちらに関しては補足⒉で述べる)のうち盾小太刀ではシードがなく1回戦で敗退、盾長剣ではシードこそあったものの2回戦で敗退した。

補足⒉
  部外種目のうち上記の40歳以上の部以外では盾小太刀か短刀、盾長剣か長槍のいずれかを選ぶ。

  閉会式前に賞状の授与があったがその際に『40歳以上の部』の賞状を受け取ったが受け取った際に「他の種目は予選で敗退した中で運良く取った」というのを強く感じるとともに「これで『40歳以上の部』も予選敗退したら泣くに泣けない」というのを感じた。
やがて閉会式が始まるとそれを見つつ自宅に帰る準備をしたが閉会式が終わる頃に準備が終わると荷物を持ちながら各道場の先生に挨拶をしつつ自宅に帰った。

世界選手権大会  レポート

  当日の朝は予定していた時間よりも遅く起きたため少し慌ただしい出発になった。しかも会場に向かう際にはかなり遠回りのルート(帰りになってこちらの方が楽な上に早いルートだと分かった)を取っていて失敗した。ただし会場に到着した際に開くまで30分ほどだったので悪くはないが。
やがて時間が来て会場が開くと会長に会った(その際にいる場所を確保して欲しい、と言われた)が後からO先生が来て「待機している場所は今いる場所の反対側にいる」と言われてそちらに向かったのは痛かった。向かった際にO先生とH先生、さらにはT道場の生徒たちがいた。

  開会式が始まるがそこに向かう準備が十分にできないため当初は行かないつもりだったがT先生がいる(ただし後で会ったが)ため急いで開会式に出る事にした。ただ会場を見た際に一杯になっているためやむなく短刀を持って行った。しかし開会式ではT会長の挨拶などに加えて会長のご子息のK先生の基本動作を行い、それから模範試合を行ったためいつもより遅く始まった(予定では10時ごろなのだが実際に始まったのは11時ごろ)のは痛かっただけでなくいつも行う小太刀基本動作のうち私が出た三段以上の部ではすぐに始まらず待たされた。もっとも対戦相手はかなり上手なため1回戦で敗退したのは唯一、不満がなかったが。

 小太刀基本動作の次に部内種目(詳細は補足で述べる)が行われるのだがここでも小太刀基本動作の国別対抗戦(こちらは小太刀基本動作の団体戦)やクラブ対抗戦などが行われたため待たされた。不満がなかったのはT先生と会ったのとR国の代表選手と練習ができたぐらいで二刀では1回戦で敗退した上に明らかに相打していたのにも関わらず抗議しなかったのは失敗だった。

補足
   部内種目は小太刀、長剣フリー(後で述べる長剣両手と区別するためこの表記とする)、二刀のいずれか一つを選ぶ。なお上記3つは同時進行のため2つ以上の参加はできない。

  部内種目が終わって次に部外種目(こちらも詳細は補足で述べる)が行われるのだがT道場の生徒たちで練習を行ったりR国の代表選手と練習を行う事ができたのは良かったが練習を行ったのが早過ぎたため体が冷えてしまった。そればかりかここでも国別対抗戦(こちらは打突の団体戦)や女子の部が行われただけでなく長槍の部を先に行うためかなり待たされた(隣の試合場では棒・杖の部や長巻の部が先に行われたり、離れた試合場では短刀や盾長小太刀や盾長剣や長剣両手などが先に行われていた)。そのため出る種目である盾短刀の選手と話した際に「『盾短刀友の会』を作ろう」という話をしていた(もちろん冗談だが)。待たされた上でようやく盾短刀・短槍の部が始まるも1回戦で敗退した。

補足
  部内種目と同じく部外種目も盾小太刀、盾長剣、長槍、短刀、棒、杖、長巻、盾短刀のいずれか一つを選ぶ。なおこれも基本的には同時進行のため2つ以上の参加はできない。それと盾短刀と短槍は出場する選手の人数が少ないため『盾短刀・短槍の部』、棒と杖も参加する人数が少ないため『棒・杖の部』で行われた。

  盾短刀・短槍の部が終わったあたりになって時計を見ると夕方の6時になっていて「いつもの大会ではもっと早く終わるのに」と呆れていたが終わったため急いで自宅に帰った。
プロフィール

ケンダイ

Author:ケンダイ
スポーツチャンバラをこよなく愛していますが練習でして来た事を振り返るべくブログを立ち上げました。このブログでは主にスポーツチャンバラの練習や大会の事について書きます。

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